投稿者コラム

月100万円稼いでいたスロプロが知ったギャンブルより面白い”人生”のギャンブル

 

【投稿者コラム】

当時の自分と今の自分に至るまでの体験談になります。
現在32歳で当時の僕は18歳、14年前まで話は遡ります。

友人に連れられて初めて入ったパチンコ屋さんでスロットのキングパルサーという台を打ちました。
何もわからず1000円札をコイン購入口へいれてわずか50枚のメダルを利用して打ち始めました。数ゲームまわすと突然画面にドットの液晶で大きなカエルと小さなカエルが出てきて当たりが告知。友人に教えてもらいながらボーナス図柄を揃えようとしましたが、中々揃わず揃えてもらいボーナスの消化をしました。
そこから、あれよあれよとメダルが増えていき最終的に3万ほどの換金をする事ができました。
いわゆるビギナーズラックになります。
当時は、ピザーラでバイトをしていましたがそこから味をしめてしまい、何度も何度も足を運び気づくと給料をもらってから数日で給料がなくなる日々を過ごしていました。

そんな生活が半年ほど続いた頃に、楽しいだけではダメだと気づきました。
雑誌を購入してはゲームセンターで目押しの練習、仲間内でどうすれば勝てるかどうかを研究していき最終的には台打ちを雇い毎日高設定が入るお店を探しては夜中から並び、設定がなければヤメて、設定の入っている台だけを数人で回し続けるという作業になっていきました。
その頃には、貯金も500万円を越える事ができていましたが夜中は雀荘にフリーで入り朝まで打って朝からはスロットを打つ日々でした。
自称スロプロとも名乗ってました笑

この頃で、20歳くらいになります。
そこから、当時付き合っていた彼女と結婚をする事になり、子供が生まれる事をきっかけに仕事についてくれとの話になり定職で仕事を始めました。
この頃で21歳です。

正直、仕事をしたくなかったですが子供が生まれる事にもなりいよいよかと思い自称スロプロを卒業してリーマンスロッターとして活動し始めました。
毎日、仕事に行く前にまずホールへ向かい出産前の妻に台を確保してから夕方まで打ってもらい仕事が終わってからはバトンタッチして自分が打つようなスタイルへ変更しました。
お昼には連絡をもらって、挙動が悪ければやめるような形です。
休みの日はもちろん、朝から夜まで打つような状態です。

この生活をずっと続ける事ができるわけもなく出産前には、仕事終わりと休みの日のみの稼働になりました。
この頃には、当時では月収100万円ほどは稼げてましたが、仕事を始めてからは月によくても20万円と働いた分の給与の30万ほどの生活をしていました。スロプロでやってたほうが稼げてたわけですね。

そんな私ですが子供が生まれるのをきっかけに自宅の購入をしました。そこで当時の貯金は全て使い果たしてしまい給与で生活をするような日々になりました。

この頃からはパチスロの世界では4号機が廃止され5号機が本格主導になっていきました。
始めこそよかったですが、だんだんとパチスロに時間を割かないと稼げなくなった事に気づいてしました。
そして、ギャンブルをするくらないなら人生のギャンブルをした方がよっぽど面白そうという事に気づき事業を始めました。
いまは、当時のギャンブルで稼ぐよりも稼ぐ事ができギャンブル感覚で仕事もできているので楽しく充実した毎日を送れています。

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ギャンブルソムリエ

元々僕はパチスロが大好きで良くホールに行ってたんです。ここ数年でハマったのはパチスロ化物語。あまりにハマりすぎてアニメまで見る始末(笑)
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